東方天満宮

所在地 神奈川県横浜市都筑区東方町1275
鶴見川左岸の河岸段丘斜面に神社があります。神社南側の谷低地は、かつての大熊川(支流)が作ったと思われます。現在の支流は西側の常念寺川との河川争奪に敗れ[3]、排水路となっています。

狛犬

奉献/建立 明治三十五年寅三月[1902年3月]
石工銘 溝ノ口 内藤慶雲
狛犬タイプ 尾流れ(左:子,右:子)
豊かな表情となめらかな皮膚感をもっておられます。右側の子狛が懸命に乳を吸っていたり、左側の子狛が親狛の腕に手をかけている様子などが非常に細かく表現されていると思います。
上唇の形状が明治三十年代の慶雲に共通する特徴を備えており、この時期の狛犬が初代(留五郎)の作なのか、二代目(作太郎)の作なのか迷うところです。

石燈籠

奉献/建立 天保十四癸卯年二月[1843年2月]
石工銘 増田仁三郎
拝殿前にある石灯篭です。

参明藤開山碑

奉献/建立 明治廿三年五月[1890年5月]
石工銘 飯島吉六
境内上がって左側隅(南側)に並んでいる石碑の奥の方です。碑面の文字に勢いがあり、文字彫名人と呼ばれた吉六九代目の作と思われます。
小さい方の小御嶽大社碑面も見事な文字で、ほぼ同時期の建立のため、そちらも同じ吉六の作かも知れません。

石鳥居

奉献/建立 大正十五年一月[1926年1月]
石工銘 溝ノ口 内藤慶雲
斜面下の神社入口に置かれている一之鳥居です。建立時期から、慶雲三代目の作と思われます。

石階標

奉献/建立 明治参拾参年拾月[1900年10月]
石工銘 溝之口 内藤慶雲
斜面を登る石段が、鳥居前すぐのところ(3段)と、鳥居をくぐって約10mのところから境内に続く長い石段に分かれています。どちらも同じ石工(慶雲)が担当したと考えて記載しています。