生麦杉山神社

所在地 神奈川県横浜市鶴見区岸谷1丁目20−61
鶴見から西は下末吉台地が海岸線近くまで迫っており、わずかな平野部を東海道線と京急線が通っています。生麦駅の北側から急な階段参道を上がった台地の上に境内があります。(階段は110段あるそうです[3]

狛犬

奉献/建立 (享保九年)[(1724年)]
石工銘 不明
狛犬タイプ はじめ
階段を上がりきったところに置かれています。「親父顔」で有名な狛犬で、鶴見川流域の狛犬百態では「おもしろい部門」第一位に選ばれて[6]います。左側台座に「寉見 飯島吉六」とありますが、右側台座に「明治十三年辰十二月再興」とあるため、狛犬本体はそれ以前からあったものを置いたと思われます。「狛犬はなし」[2]にあるように、狛犬本体の奉納は石水盤と同じ享保年代と想定しています。阿像の宝珠ははっきり残っていますが、吽像の角が見当たりません(最初から無い?)

狛犬台座

奉献/建立 明治十三年𫝕十二月[1880年12月]
石工銘 寉見 飯島吉六
はじめ型の狛犬は飯嶋吉六作ではないという前提で、台座を吉六作品として記載します。

狛犬

奉献/建立 大正二年九月[1913年9月]
石工銘 生麥 飯塚寅吉
狛犬タイプ 尾流れ
南西から入る境内の入り口に置かれています。飯塚寅吉の作品としては大きい方だと思いますが、頭の形に特徴がよく出ています。台座にはやはり関口姓が多く見られます。

石水盤

奉献/建立 享保九年辰六月[1724年6月]
石工銘 不明
境内の左奥に石碑とともに置かれています。この神社内で最も古い石造物です。

石鳥居

奉献/建立 天明元辛丑歳六月[1781年6月]
石工銘 神奈川 与兵衛
参道階段を上がりきったところにある二之鳥居です。

階段石標

奉献/建立 明治十年丁丑六月[1877年6月]
石工銘 鶴見 飯嶋吉六
参道階段の最上部にある階段石標です。

狛犬/燈籠台座

奉献/建立 明治十五年午七月[1882年7月]
石工銘 九代目 飯島吉六
階段参道途中に台座のみ置かれています。願主に関口の名が見えます。狛犬の台座にも見えるのですが、「鶴見村石工・飯島吉六(謝辞[1])」では石燈籠台座と記されています。

日露戰役紀念之碑

奉献/建立 明治三十九年六月[1906年6月]
石工銘 飯島吉六
階段参道途中の脇に置かれています。台座に☆印と「生麥」と彫られています(「麥」は「麦」の異体字です)。
写真は撮れていませんが、背面に「發起人 生麥部會會長 關口昭知」として、関口家5代目当主の名前があるようです[7][8]

石碑

奉献/建立 明治四十三年戌十月[1910年10月]
石工銘 山口■治郎
同じく階段参道途中の脇に置かれています。富士山関連だと思うのですが、碑文が読めません・・

石鳥居

奉献/建立 昭和十四年八月[1939年8月]
石工銘 鶴見 松原為三郎
神社入口にある一之鳥居です。