戸塚八坂神社

所在地 神奈川県横浜市戸塚区戸塚町4189
柏尾川が作った南北方向谷戸の西側丘陵下に沿って展開する戸塚宿の南端に位置した神社です。
石工 甚内の作が2点残されていますが、甚内はすぐ近くの富塚八幡宮の狛犬飯島吉六と共作しています。
訪問日 2026年2月

狛犬

奉献/建立 昭和十三年七月[1938年7月]
石工銘 不明
狛犬タイプ 尾流れ(左:子,右:珠)
尾流れという江戸狛犬の形式でありながら、大きな目、水平に張り出した耳など、昭和戦前の雰囲気を持つ狛犬です。

詠大御祭歌碑

奉献/建立 文政十年七月[1827年7月]
石工銘 甚内
鳥居から階段を上がってすぐ右手に石碑が並べられています。その左端に蒲鉾板状の歌碑が置かれています。
「横浜市文化財調査報告書(謝辞[25])」と、週刊アスキーの「鎌倉へとつながる地で、文化の薫りを今に伝える戸塚宿[2]」によれば、戸塚宿の文人・長坂知雄(号:玄節/百枝[4])の七回忌に建立された追善碑だそうです。碑正面には玄節の詠んだ長歌が記され、台石には、建立のために出資した門人達の名が刻まれています(一部欠けていますが第一列と第二列のそれぞれ先頭が内田姓です)。

石鳥居

奉献/建立 嘉永元申十二月[1848年12月]
石工銘 甚内
東海道に面した入口に立っています。台石に、神社を再興し、かつ戸塚宿で2つある本陣の1つを営んでいた[1]内田家の名が確認できます。