綱島諏訪神社
| 所在地 | 神奈川県横浜市港北区綱島東2丁目10−1 |
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| 鶴見川左岸(北)側下末吉台地の東端から飛び島のように離れたフタコブ状丘の東側頂部に神社があります。 多摩川沿いの中原から鶴見川の大綱橋へつながる綱島道は、かつては丘の東側を通っており、現在もそこから神社へ続く参道入口に "諏訪宮東門碑" が置かれています。 東側鳥居の脇に、それぞれ「池谷石」「飯田石」と書かれた力石が置かれています(池谷家は南綱島村の名主を飯田家は北綱島村の名主を務めていました)。 金井晃氏著の「鶴見石工の系譜 付表(謝辞[6])」によれば、吉六作の文化五年の燈籠(残材)と明治十三年の石水盤があるとされていますが、確認できませんでした。 |
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| 訪問日 | 2022年10月,2023年4月,2023年5月,2023年6月,2024年2月,2025年9月,2025年10月,2026年2月 |
狛犬
石水盤
| 奉献/建立 | 慶應二丙寅年三月[1866年3月] |
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| 石工銘 | 吉原三五(良) |
| 境内右側に手水舎があり、その中に「灌浴」と彫られた石水盤が置かれています。発願主は飯田姓で、石工は諏訪宮東門碑と同じようです。 | |
出羽三山塔
| 奉献/建立 | 寛政十一季次己未十一月[1799年11月] |
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| 石工銘 | 飯嶋吉六 |
| 拝殿の裏塀際に置かれています。「月山/湯殿山/羽黒山」と彫られた円形蓮華座の下に「天下泰平/供養塔/国土安穏」と彫られています。 石工銘はありませんが、世話人の中に「飯嶋吉六」の名が見えるため吉六の作とされているようです。 |
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石燈籠
| 奉献/建立 | 天保十己亥年七月[1839年7月] |
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| 石工銘 | 靍見橋 飯嶋吉六 |
| 東側階段参道入口の両脇に、3メートル近い高さの石燈籠が置かれています。右竿に「五穀成就」、左竿に「万民豊楽」と彫られています。やはり吉六の作で、狛犬の2年前となります。 | |
諏訪宮東門碑
| 奉献/建立 | 慶應三丁卯春三月[1867年3月] |
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| 石工銘 | 吉原(三)五良 |
| 所在地 | 地図 |
| 諏訪神社から100mほど東側に立っています。かつては、こちらが本参道だったようです。正面に「諏訪宮東門」、右面に「日月清明」、左面に「天下和順」、背面に建立年銘が彫られ、書は池谷氏によるものです。 石工銘は一部欠けていますが、境内にある石水盤と同じと判断しています。 |
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