下田真福寺(下田地蔵尊)

所在地 神奈川県横浜市港北区下田町3丁目11−5
鶴見川と矢上川に挟まれた台地の真ん中に東西に走る細い谷筋があり、その北側斜面に寺院があります。
江戸石工銘や江戸町名が彫られた、しかも古い時期の石造物が奉納されていることから、寺院の興隆が伺えます。

石燈籠

奉献/建立 文化二乙丑年四月[1805年4月]
石工銘 南品川 清三郎
石階段を上がり切った所、左右に置かれています。石工の清三郎は品川神社の狛犬や、馬込の富士講碑などの作品を残しています。

岩崎好造之墓

奉献/建立 昭和六年七月[1931年7月]
石工銘 日吉村矢上 片野幸太郎
本堂左横から山の斜面に沿って墓苑が広がっており、その中に置かれていました。
「上等計手」というのは、軍隊で経理を扱う准士官級の階位です[2]。現在の北朝鮮に設置された陸軍病院経理担当として勤務中に病死された方のようです(亡くなったのは昭和三年のように読めます)。

石階標

奉献/建立 安永十辛丑正月[1781年1月]
石工銘 浅草 清水權四郎/七右衛門
入口すぐの階段を上がり、参道を進むとさらに本堂へ上がる石階段があり、両側に金属製の手すりが追加されています。
神奈川石工が活躍するより古い時期に江戸から石工を呼び寄せていることから、当時の寺院の興隆が伺えます。