興禅寺
所在地 | 神奈川県横浜市港北区高田町1799 |
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鶴見川左岸(北側)下末吉台地の中を西から東へ流れ最後に鶴見川と合流する早淵川が作った谷戸の北側斜面を登り切った丘陵台上に寺院があります。 境内に鎌倉時代と思われる石幢(せきどう)、板碑がありなど、古刹であることを感じさせます。 ※「混凝土」=「コンクリート」 |
石灯籠
奉献/建立 | 明治廿七年春彼岸會中[1894年3月] |
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石工銘 | 鶴見橋 飯嶋吉六 |
本堂の前に置かれています。よく見ると、竿部の石材が新しく見えるので修復されているのかも知れません。とはいえ、頭(屋根)が大きく猫足という特徴は残っています。願主は日本橋小舟町の方のようです。 |
鐘撞堂土台
奉献/建立 | 明治十八年乙酉十二月[1885年12月] |
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石工銘 | (字神地住 松原祐太朗延寶) |
寺院の西側角の少し高くなった場所に鐘撞堂があります。その土台石垣四面に石標が埋め込まれており、奉納者や奉納年銘が記されています。 「鶴見川流域フィールドワーク調査報告Ⅱ(謝辞[37])」によれば、この中に石工銘があったようなのですが、剥落箇所が多く、見つけることができませんでした。 |
句碑
奉献/建立 | 明治八年乙亥十二月[1875年12月] |
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石工銘 | 神地村 松原傳右衛門 |
山門の外側手前左脇に置かれています。こちら[4]に内容によると、芭蕉最後の句の『推敲前の句』が刻まれているように見えます。 |