旗岡八幡神社

所在地 東京都品川区旗の台3丁目6−12
東急大井町線荏原町駅北側の、やや小高くなった場所に神社が鎮座しています。かつて、この地の領主で源氏の末裔を称する荏原氏が館を構えた地だったようです[1]
天保7年(1836年)に出版された『江戸名所図会』の中に、中延八幡宮(当時の呼称)として絵図が掲載されており、鳥居足元に描かれた狛犬は今も残っています。
訪問日 2026年6月

狛犬

奉献/建立 文化五戊辰十月[1808年10月]
石工銘 永坂町 和泉屋庄兵衛
狛犬タイプ 尾立て
1800年代によく見られる、がっしりとした筋肉質な尾立て狛犬です。空襲に遭いながらもほとんど欠損無く残っていることに感動してしまいます。
台座に彫られた麻布市兵衛町は現在の六本木一丁目・三丁目に相当し[2]、その南には石工銘にある麻布永坂町がありました。和泉屋庄兵衛は、大田区妙福寺の石水盤も作成しています。

耕地整理記念碑

奉献/建立 大正拾四年五月[1925年5月]
石工銘 平塚 石清
拝殿の左手に石碑が2つ並んでおり、その右側となります。
碑文によれば平塚村で実施された耕地整理の完了と旗岡八幡神社寶庫の建造を記念して建立されたようです。背面に列記された寄付者の先頭には、荏原の地主で昭和大学の創設者だった鏑木忠正[3]の名前が記されています。
石工銘にもある"平塚"は、荏原を含んだ当時の村名です[4]