妙福寺

所在地 東京都大田区南千束2丁目2−6
呑川の左岸に広がる荏原台と呼ばれる台地は、多摩川右岸の下末吉台地と同じ形成面です。台地が樹枝状に削られた谷地部の一つが洗足池で、その東側湖畔に寺院があります。
妙福寺は、日本橋から浅草を経て当地へ移転していますが、境内にはその時に一緒に移設されたと思われる江戸後期の石造物が多く置かれています。
訪問日 2026年4月

石水盤

奉献/建立 文政七甲申年十月[1824年10月]
石工銘 麻布永坂町 和泉屋庄兵衛/同榮治郎
山門から入ってから、右へ向きを変えて本堂へ向かう参道の右手手水舎の中に置かれており、正面に日蓮宗宗紋の「井桁に橘」が描かれています。
石工銘の和泉屋庄兵衛は、品川区の旗岡八幡神社の狛犬も手掛けています。

石水盤

奉献/建立 天保十己亥歳七月[1839年7月]
石工銘 𡧃右ヱ門
本堂右(東)横にある小松稲荷大明神の前に置かれています。今は使われていないようですが、こちらも「井桁に橘」が描かれています。
石工銘の「𡧃」は「宇」の異体字です。

御袈裟掛松碑

奉献/建立 明治十一年寅十月[1878年10月]
石工銘 橋本權助
日蓮上人が池の水で足を洗う際に袈裟を掛けたと伝えられる松(三代目)を示す碑で、背面に六百遠忌塔も兼ねていることが記されています。現在は松・碑ともに石柵で囲まれています。
石工銘の橋本権助は、浅草の石工だったようです。

題目碑

奉献/建立 天保十己𠅆九月[1839年9月]
石工銘 𡧃右ヱ門/伜 清太良
境内西端の池辺りに築山があり、その上に題目を記した碑が置かれています。碑の左右には僧と行者らしき像も置かれています。
小松稲荷大明神前の石水盤と同じ石工ですが、「伜」は「倅」の異体字と思われます(碑では手偏に見えます)。また、干支の「𠅆」も「亥」の異体字です。

洗足池碑

奉献/建立 嘉永四年五月[1851年5月]
石工銘 真亀堂希文
山門から入って真っ直ぐ西へ進んだ先の子育観音の右横に置かれています。碑文は漢詩となっていますが、ブログ[2]によれば、幕末の儒学者であった静軒がここで一夜を楽しんだことを門人が記したとされています。