大森貴舩神社
| 所在地 | 東京都大田区大森東3丁目9−19 |
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| 呑川と内川に挟まれた、かつての大森村東端に神社が位置しています。すぐ東に大森海岸があり、かつては漁業や海苔が盛んな漁村でした。そのために水の神をお祀りしたようです[1]。 境内には海苔養殖に関連する石造物が多く、運河建設で養殖組合が解散したことを記念した石燈籠や、海苔販売会社が組織した海盛講が奉納した石碑、戦後に海苔養殖(漁業権)を放棄したことを記した「漁業納畢(のうひつ)之碑」などが残されています[4][5]。 ※「舩」は「船」の異体字です。 |
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| 訪問日 | 2024年1月,2024年4月,2026年1月 |
石燈籠
| 奉献/建立 | 大正元年十一月[1912年11月] |
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| 石工銘 | 六郷 竹内六之助 |
| 参道左側で入口から二番目、参道右側では最も入口側となる位置にある石燈籠です。大正十一年の石燈籠より新しく見えるのですが、一部再建されているのでしょうか?(石材の違い?) | |
石燈籠
| 奉献/建立 | 大正十一年四月[1922年4月] |
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| 石工銘 | 六郷 竹内六之助 |
| 参道左側の最も入口側に置かれており、対となる右側の燈籠はありません。 石工は狛犬と同じ竹内六之助で、レリーフの狛犬もなんとなく似ています。 |
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奉納碑
| 奉献/建立 | 昭和二十九年八月[1954年8月] |
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| 石工銘 | 池上堤方町 石福 |
| 参道左手に置かれています。石碑に「奉納/金五百萬圓也」とあり、寄附を行った東京瓦斯大森工場の名が記され、背面には社長・副社長の名も見えます(副社長の安西氏は、13年後に社長となり、以降約20年会社に君臨された方です)。 「石福」は、大正期に品川区の蛇窪神社で狛犬などを残していますが、銘は「芝二本榎」でした。昭和になって、池上へ移動したようです。 |
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社号標
| 奉献/建立 | 昭和三十年八月[1955年8月] |
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| 石工銘 | 池上堤方町 石福 |
| 入口鳥居を入ってすぐ左手に置かれています。台石には「復興記念」と彫られ、東京大空襲で焼失した社殿の再建を記念した碑のようです。 前年に作成された奉納碑と同じ石福の作です。 |
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