羽田神社

所在地 東京都大田区本羽田3丁目9−12
羽田は多摩川左岸の河口部にあり、江戸時代は漁業と、江戸への舟運輸送拠点として栄えました。明治になって神仏分離により神社が独立後、他の神社との併合や富士塚の建設により、地元から多くの石造物が奉納されるようになったようです。

狛犬

奉献/建立 明治十年六月[1877年6月]
石工銘 不明
狛犬タイプ 尾流れ
台座に「文政十一年十月」と「明治十年六月再補」の2つの奉納年銘があります。狛犬の容姿・大きさから、明治に本体含めて再建されていると考えています。
迫力のある顔、流れながら広がる尾、脇の走り毛、台座の浮彫りなど、見事な名品で、石工銘が無いのが残念です。(石燈籠と共通点が多く、同じ石工=出川伊助の作の可能性が高いです)

狛犬

奉献/建立 (昭和)九年[1934年]
石工銘 鈴木喜太郎
狛犬タイプ 尾流れ(左:珠,右:子)
境内社の一つである日枝神社の社前に置かれています。大胆な巻き尾のデザインが目を引く狛犬ですが、何カ所か破損・補修されているようです。台座の奉納年銘も年号部分が見えなくなっていますが、鈴木喜太郎は羽田町の石工で、昭和三年に殿町水神社の石鳥居を手がけていることから、銘の年号は昭和と推定しています。
日枝神社は昭和三十六年に羽田神社に合祀されましたが、その記念碑も鈴木石材店[4]が手掛けています。

狛犬

奉献/建立 不明
石工銘 不明
狛犬タイプ 尾流れ(左:珠,右:子)
拝殿の左側社務所との間に富士塚への入口があります。鳥居と渡り廊下をくぐると、溶岩石で作られた小高い塚があり、その頂上祠の前左右に狛犬が置かれています。周囲を多数の富士講碑が取り囲み、信仰を集めていたことが伺えます。

征清従軍旌功之碑

奉献/建立 明治三十年六月[1897年6月]
石工銘 當所 田川庄次郎
「旌功」は、功績を褒め称えることを意味するようです。碑の上部にある文字は「忠誠」でしょうか。
背面上部に「明治廿七八年陸海出兵員」とあり、その下に多数の氏名が列記されています。
「幕末とか明治維新とかの史跡など[2]」に掲載されている写真を見ると、碑の右側面に奉納年銘があったようです(見落としました)。

八雲神社鳥居寄附碑

奉献/建立 明治三十七年第六月[1904年6月]
石工銘 當所 田川庄次郎
上部に「八雲神社」とあり、右端に「神明形御影石鳥居寄附連名表」あることから、鳥居建設にあたって寄附を行った芳名録碑のようです。
八雲神社は羽田神社の旧称で、明治四十年に改称されています。

石水盤

奉献/建立 明治卄七午年七月[1894年7月]
石工銘 當𫝂 田川庄次郎
茶舩若者中によって奉納された水盤です(ウィキペディア[3]によれば、多摩川下流から江戸までの海上輸送を茶船が担っていたようです)。
また、説明板によれば石水盤に牛が置かれているのは、羽田神社の起こりが牛頭天王を祀ったことによるそうです。
「𫝂」は「所」の異体字です。

石燈籠

奉献/建立 明治十年六月[1877年6月]
石工銘 當𫝂 出川伊助
神社入口鳥居の前、左右に置かれています。太く厚い傘と、やや小さめな猫足が微妙なバランスを生んでいます。
台石の龍の浮彫が見事で、狛犬の浮彫と共通する技を感じます。奉納年も同じことから、狛犬の作者も出川伊助の可能性があると思っています。