長照寺

所在地 東京都大田区本羽田3丁目14−7
現在多摩川河口近くに架かっている大師橋の大田区側に羽田の漁師町があり、かつては長照寺もその付近にあったようです。
しかし洪水により、明治十二年に現在の地に移転しています[1]。門前にある2つの石塔がいずれも明治十二年の建立で、おそらく移転を機に奉納されたと思われます。
訪問日 2026年2月

羽田山中興碑

奉献/建立 明治三十一戌年十月[1898年10月]
石工銘 當所 田川庄次郎
入口入ってすぐ右手の築山の上に置かれています。かつて羽田村にあった長照寺が、安政二年の大地震で被災し、さらに明治十一年に洪水氾濫に被害に遭ったことから当地への移転により再建されたことが記されています。

大震災殃死者供養塔

奉献/建立 大正十三年九月[1924年9月]
石工銘 田川治郎吉
"殃" は災いを意味する言葉で、「ぶんかざいおおた[2]」によれば、関東大震災時に河川に身を投げ、東京湾から多摩川河口に流れ着いた犠牲者を供養した塔です。
塔の右側面に "羽田江戸見町 国際飛行場角(現在の羽田空港整備場駅付近)" から昭和十一年に移設したことが記されています。
石工銘の田川治郎吉が、1924年の建立と1936年の移設のどちらに関わったのか謎です(治郎吉は 1932年に六郷神社の社号標を手がけており、どちらも可能性あり)。