六郷神社

所在地 東京都大田区東六郷3丁目10−18
旧東海道で多摩川を六郷橋から江戸側に入り、約 1km北へ進んだ右(東)側に神社が鎮座しています。神社の正門は南を向いていますが、西側の脇参道は旧東海道に面しています。
訪問日 2022年11月,2024年5月,2026年5月

狛犬

奉献/建立 貞享二乙丑天九月[1685年9月]
石工銘 石屋 三右衛門
狛犬タイプ はじめ
門から入って参道左側の木々豊かな庭苑の中に狛犬が置かれています。残念ながら柵があり近くで撮影することができません(そのおかげで、これだけ古い狛犬が大きく破損せず残っているとも言えますが)。
左側の台座左側面に石工銘がかろうじて確認できます。また、奉納年銘は同じく左側の台座左側面と右側の台座右側面で確認できます。左側の頭部には角/宝珠の形跡が残っています。

狛犬

奉献/建立 不明
石工銘 不明
狛犬タイプ 尾流れ
拝殿の右側奥に八幡塚と呼ばれるエリアがあり、そこに1対の狛犬が置かれています。こちらもかなり手前から立ち入り不可となっているため、台座の銘等が確認できていません。
「狛犬小屋[2]」によれば、この狛犬の台座に大正八年の銘がありますが、これは現在拝殿前にある現代狛犬が奉納時に載っていた台座とのことです。

花表造立碑

奉献/建立 明和六己丑稔四月[1769年4月]
石工銘 佐兵衛
狛犬が置かれているエリアと道を挟んで西側に置かれています。正面に"奉造立花表総氏子"とあるので、花表=鳥居を建立した紀念碑と思われます(花表(華表)は、鳥居の古い呼び名と言われています[7])。

忠魂碑

奉献/建立 大正十四年七月[1925年7月]
石工銘 竹内六之助
神門西横の石碑群の一番奥に立てられています。東郷平八郎書の「忠魂碑」が赤く書かれています。六郷村軍人分會が建てた碑です(分會の印影がリアルに彫られています)。

御岳講社碑

奉献/建立 明治三拾九年十二月[1906年12月]
石工銘 竹内六之助
神門西横の石碑群で忠魂碑の右側に置かれています。行神講社の設立です。

六郷講社碑

奉献/建立 明治十有五年八月[1882年8月]
石工銘 竹内六之助
神門西横の石碑群の右端に置かれています。背面に多数の富士講社の名前が書かれており、協力して建てたようです。
奉納年銘は背面の一番上にありました。詠者の宍野半は国学院大学の(母体の)創設に関わった方のようです。

社号標

奉献/建立 昭和七年六月[1932年6月]
石工銘 田川治郎吉
西側参道入口に立てられている社号標です。「ぶんかざいおおた[4]」によれば、田川治郎吉は羽田の石工です。

西側石鳥居

奉献/建立 昭和十年五月[1935年5月]
石工銘 羽田町 田川治郎吉
西側参道入口に立てられている石鳥居です。社号標と同じ石工による作です。

灯籠

奉献/建立 昭和十年六月[1935年6月]
石工銘 岡崎市 鈴忠石工場
南側の神門前に置かれている巨大な石燈籠です。
岡崎市の鈴忠石工場をネットで検索すると、住所とされる場所[8]には、現在別の名前の石材店が営業されています。