平尾原経塚

所在地 東京都稲城市平尾1丁目49−6 山王ビル
麻生川の作った谷戸に沿って津久井道の新百合ヶ丘から北へ伸びる平尾中央通り沿いに経塚が保存されています。
塚の上には祠と石碑群が置かれています。発掘調査の結果、実際に地下から奉納・埋蔵された経筒などが見つかっているようです。

大乗妙典日本囘国塔

奉献/建立 宝永五戊子年十月[1708年10月]
石工銘 石屋久兵衛
全国六十余州の霊場(れいじょう)を回って、写経を納めた記念に建立された経典供養塔です[1]
台石に蓮華の線画が彫られているのが目を引きます。左側面に「石屋久兵衛」という名前があり、恐らくこれが碑を作成した石工の名と思われます。(その右側に「畳屋/桶屋」の名も並んでいますが、石屋なら当然石屋の仕事をしたと考えて)
また、右側面の末尾に「當村女中」とあるのも珍しいです。
※「囘」は「回」の異体字です。

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