上平間八幡大神

所在地 神奈川県川崎市中原区上平間299
平間街道は、池上・下丸子から多摩川を平間の渡しで越え、金沢を経由して鎌倉へ続く東海道の間道として重要な道でした[3]
その平間の渡しから 200mほどの街道沿いに神社がありました。近辺は何度も多摩川の水害を受け、1914年には堤防の建設を求めて住民が境内に集結して決起するという事件が起きています。境内の奥(北側)には事件から100年を記念した「アミガサ事件百年の碑」も置かれています[4]

狛犬

奉献/建立 明治廿三年八月[1890年8月]
石工銘 溝之口 内藤慶雲
狛犬タイプ 尾流れ(左:子,右:子)
内藤慶雲物語[2]によれば「(初代)留五郎がつきっきりで(息子達に)指導したもの」だそうです。そう言われると、慶雲らしさがあちこちに感じられ、親狛にじゃれる子狛の姿も見事な造形です。
サイズが大きく台座も高いので、撮影しずらいのが難点でしょうか。

石水盤

奉献/建立 明治三年八月[1870年8月]
石工銘 ■見橋 飯嶋吉六
境内(稲荷)社の手前に2つ石水盤が置かれています。右側の石水盤はほぼ塀際で草の中に埋もれてしまっていますが、吉六の銘を背面に確認することができます(裏面の写真は外側道路から撮る必要があります)。