妙秀寺

所在地 神奈川県横浜市戸塚区吉田町1034
保土ヶ谷から南へ向きを変え、権太坂で丘陵を越えて谷筋で降りてきた東海道は戸塚で柏尾川を越えますが、その少し手前を東に入ったところに寺院があります。
境内には「かまくらみち」と彫られた道標が残されており、「広報よこはま[1]」では、これが安藤広重の東海道五十三次の絵に描かれた道標としています(いくつか異論[2]もあるようですが)。
「横浜市文化財調査報告書 第22輯(謝辞[25])」では、八五郎(おそらく初代)が文政二年に作った手水鉢もあったとされていますが、見つかりませんでした。
訪問日 2025年12月

題目塔

奉献/建立 明治九丙子年九月[1876年9月]
石工銘 保土ヶ谷 八五郎
境内にいくつか題目塔が置かれていますが、本堂前という最も目を引くところに置かれている塔です。
台石正面には「六百遠忌」と書かれているので、日蓮上人の600遠忌(明治14年)の報恩法要に際して建立されたようです。
作成した石工は、年代的に三代目の八五郎と思われます。