駒繋神社

所在地 東京都世田谷区下馬4丁目27−26
目黒川右岸に広がる台地は目黒台と呼ばれ、西側の荏原台より低いことが特徴です。目黒台の中を西から東へ流れる目黒川支流の蛇崩川によって削られた段丘縁に、神社があります。
訪問日 2026年5月

狛犬台座

奉献/建立 昭和三十八年九月[1963年9月]
石工銘 石匠 内藤慶雲
拝殿前に現代狛犬が置かれ、その台座に慶雲の銘があります。
末社前の狛犬と異なり、狛犬と台座の石質がほぼ同一に見えるため、本当に台座が当時のものなのかどうか、疑問が残ります(慶雲三代目の慶三は 1964に逝去)。

狛犬台座

奉献/建立 明治四十五年五月[1912年5月]
石工銘 溝ノ口 内藤慶雲
拝殿左側の末社の前にも現代狛犬が置かれ、その台座にも慶雲の銘があります。
ただ、こちらは狛犬と台座の石質が明らかに異なっているため、昭和六十二年に狛犬だけ再建され、台座は慶雲が作ったものがそのまま残されていると思われます。
おそらく慶雲二代目作太郎の最晩年の作です(作太郎は 1913年逝去)。
台座には頼朝の故事にちなんだ旧地名「下馬引澤」が彫られています。

日露戦役紀念碑

奉献/建立 明治三十九年五月[1906年5月]
石工銘 内藤慶雲
末社のさらに左側、神社南側入り口脇に置かれています。「東京湾要塞[2]」によれば、駒澤村における日露戦争の従軍記念碑で、裏面に従軍者15名の階級・氏名が刻まれているそうです。

南側石鳥居

奉献/建立 大正八(年)[1919年]
石工銘 溝ノ口 内藤慶雲
神社境内の南側入り口に置かれた石鳥居です。花崗岩が黒ずんでしまい、判読が難しいですが、右側の台石裏にかすかに石工銘が読み取れます。

参考にさせていただいたリンク