妙典寺
| 所在地 | 東京都大田区蒲田2丁目3−10 |
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| 多摩川左岸低地の中、吞川と内川に挟まれた自然堤防地に寺院があります。 寺院としての歴史は古く、室町時代には存在していたようです[1]。江戸時代になって、近くを通る東海道沿いに梅の木を集めた庭園(梅園)が造られ、一帯は梅屋敷と呼ばれるようになりました。境内には梅園関係者の山本久蔵(俳号 梅路、妻は梅志)の「梅園開祖」と書かれた墓があります[3][4]。 |
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| 訪問日 | 2026年1月 |
題目塚
| 奉献/建立 | 慶應三年(卯)歳十一月[1867年11月] |
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| 石工銘 | 六郷 (竹)内六之助 |
| 本堂左手に広がる墓地の中に置かれています。 正面に題目が彫られていますが、台石に「笔(筆)子中」と書かれていることから、師匠(石井喜代三郎)を顕彰して弟子が建立した筆子塚でもあるようです。 |
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綱島幸吉墓
| 奉献/建立 | 昭和十四年十一月[1939年11月] |
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| 石工銘 | 大森 出川石材店 |
| 本堂左手に広がる墓地の中に置かれています。 出川は当初羽田を拠点としていましたが、昭和に入って移動したようです。石工銘の「大森」の下に「七」が見えますが、大森七丁目だとすると、現在の梅屋敷駅東側にあたります。 |
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題目塔
| 奉献/建立 | 寛政四壬子南呂[1792年8月] |
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| 石工銘 | 八幡塚 佐兵衛 |
| 寺院門前左側に置かれています。「南呂」というのは陰暦八月の別名です[2]。 左側面に「漸読妙経一千部成就」とあり、経典を一千回繰り返し読誦したことを紀念・供養して奉納された塔のようです。 |
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