嶺御嶽神社

所在地 東京都大田区北嶺町37−20
多摩川左岸の国分寺崖線と東の呑川に挟まれた久が原台のほぼ中央に位置する神社です。崖線際の小高い場所(嶺)にあった峰村のはずれだった場所は現在は東急池上線の御嶽駅前となっています。
木曽御嶽(おんたけ)で修業した一山行者が現在の社殿を建立し、嶺地域で結成された御嶽講の一つである嶺一山講を中心に多くの御嶽講信者から信仰を集めました。扁額、天水桶や賽銭箱に講紋が記されています。
駅前にあることから平日も参拝者を多く見かけます。古い石碑や石造物も多く残されていますが、なかなか近づけないのが残念です。
訪問日 2023年4月,2023年12月,2025年11月,2026年1月

狛犬

奉献/建立 不明
石工銘 不明
狛犬タイプ
拝殿前に置かれている狼像です。あばら骨が表現されていることから山岳信仰系の神社でよく見られる狼のようです。
台座部分が置き換えられているため、奉納年は不明ですが、公式ページ[1]内の DigitalBook では、社殿新築(天保)以前と推測されています。
狛狐のように何か口にくわえており、また右側も宝珠のようなものを載せています。

狛犬

奉献/建立 慶應三年八月[1867年8月]
石工銘 不明
狛犬タイプ 尾立て
柵に囲まれているため、台座全体の撮影が難しいです。慶應の作ですが「昭和/岡崎タイプ」に通じる造形を感じます。

狛犬

奉献/建立 (天保九年)[1838年]
石工銘 不明
狛犬タイプ 尾立て
境内社(大鳥神社)の前に置かれています。台座の銘は「天」しか確認できませんが、他のブログ[2][6]によれば天保九年のようです(それを示す写真はありませんでしたが)。
時期的には尾立てから尾流れへの移行時期で、渦巻き髭や流れる鬣から、その萌芽を感じます。
また「御朱印神社メモ[2]」によれば、神社は天保年間に一山行者によって再建されており、その時に奉納された狛犬のようです。

石鳥居

奉献/建立 明治三拾五年壱月[1902年1月]
石工銘 (溝)之口 内藤慶雲
境内社(一山神社)の鳥居で、扁額には「壱山社」と書かれています。
※一山神社は、御嶽神社中興の祖と称えられる一山行者[7]を霊神として奉祀している神社です。