勝海舟墓所

所在地 東京都大田区南千束2丁目3
説明版によれば、勝海舟は明治維新の際に幕臣とし江戸開城に尽力し、維新後は新政府内で近代海軍の基礎を築いた人物です。
海舟は洗足池やその周辺の風光を愛し、別荘を建てて度々訪れていましたが、没後遺言により夫人と共にこの地に葬られました。
訪問日 2026年4月

勝海舟墓塔

奉献/建立 (明治三十二年十一月)[1899年1月]
石工銘 (鈴木猛麟)
海舟の墓塔裏には埋葬日(明治三十二年一月)が記されていますが、説明板によれば、墓塔が完成したのは同年十一月となっています。
同じく説明板では作成は青山の石工・鈴木猛麟と記載されていますが、訪問時に石工銘を確認することは出来ませんでした。後日写真を見返したところ、墓前に置かれた蝋燭台石?の側面に「鱸」の文字を確認することができました(鈴木兼吉(猛麟)が創業した石材店は現在「鱸猛麟石材店」となっています[2])。