上石原若宮八幡神社
| 所在地 | 東京都調布市下石原3丁目 |
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| 西調布駅付近から南へ多摩川へ続く若宮八幡通りが府中崖線を下る崖際に神社があります。文化四年に再建された拝殿には手の込んだ彫刻が施されており、入間郡中藤沢村の宮大工が建てたとされています[1]。 崖線下には府中用水が流れており、通りを挟んで反対側の若宮自然広場と合わせて緑がよく残されています。 |
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| 訪問日 | 2026年3月 |
石燈籠
| 奉献/建立 | 昭和九年三月[1924年3月] |
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| 石工銘 | 府中市 北原精久 |
| 拝殿前左右に置かれた石燈籠です。左右の台石に牡丹を咥えた獅子&珠を持つ獅子の迫力ある姿が浮き彫りにされています。 銘の北原精久は府中市片町の石工で、屋敷分浅間神社の狛犬も作成しています。 |
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石水盤
| 奉献/建立 | 明治十四年第三月[1881年3月] |
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| 石工銘 | 上染屋村 村野與一 |
| 石工の村野は上染屋村(現在の府中市白糸台)を拠点とした石工で、村野與一は、金龍寺の地蔵菩薩坐像も作成しています。 水盤の題字は、上石原宿の名主から帝国議会の衆議院議員を務めた中村克昌[3]の書です。 |
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鳥居残材
| 奉献/建立 | 天保十四癸卯歳春二月[1843年2月] |
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| 石工銘 | 古市場村 小宮巳之吉 / 登戸村 吉沢藤三郎 |
| 現役鳥居の脇に、台石以外の先代鳥居の残材が置かれていました。多摩川左岸側 古市場の石工 巳之吉と右岸側 登戸の石工 吉澤とが共作している珍しい石造物です。 | |
石鳥居
| 奉献/建立 | 昭和二年九月[1927年9月] |
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| 石工銘 | 登戸 吉澤耕石 |
| 西側から男坂とよばれる石段を登った先に置かれている現役の石鳥居です。先代を作ったのが登戸吉澤二代目の藤三郎で、それを五代目の耕石が再建しています。おそらく台石のみ再利用し、他の部材は取り替えていますが、脚部の年銘、扁額などほぼ先代を再現しており、リスペクトが感じられます。 | |



































































