中原堰跡

所在地 神奈川県川崎市高津区溝口1丁目12−20
溝ノ口駅から東へ約100mほど先にある高津中央病院裏の駐輪場の中に「中原堰」跡地を示す説明版が立てられています。この堰は大正時代に高津村を流れていた平瀬川に設けられた農業用施設で、中原村の4ヶ村へ灌漑用水を引くために作られました。
平成十四年に偶然その遺構が発見されましたが、調査後は堰を壊さず埋め戻して保存されたようです[1][2]
訪問日 2025年11月,2025年12月

中原堰

奉献/建立 大正四年五月[1915年5月]
石工銘 松原延太郎
堰は江戸時代から使われていたようですが、大正時代にコンクリート化されました。当時の工事関係者を記録した銘板に松原延太郎の名が記されています。
松原は小田中(中原村)を拠点とした石工だったため、溝ノ口(高津村)の工事に参加していたと思われます。
銘板の写真は「中原堰説明版お披露目式[2]」のサイトから転載させていただき、拓本については「平瀬川の研究 -中原堰百周年 記念誌[3]」から引用させていただいています。